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房総頼朝伝説(19)蛍の光千葉の井戸

鎌倉幕府オフィシャル歴史書である吾妻鏡には9月17日、下総国府において頼朝と千葉常胤が会見したとされています。
しかしこれは記述の間違いで歴史学的には上総国府か千葉市中央区寒川町の寒川神社だったろうといわれています。
だがしかし待って欲しい(#`Д´)
このブログは地域に残された伝承をバイクで追い、実際に目で見たもの、聞いたものを最優先するものではなかったか!
「そうだっけ?」と過去記事をサルベージしようとした貴方、時間を無駄にするな!てか止めて下さいorz
そんな実証主義の当ブログ主、見て調べて撮って来ましたよ千葉城周辺!
DSCN2690.jpg明らかに400年速い建造物に猛り狂って弓を引く千葉常胤。彼に「あなたの城ですよ!」と説得出来る筈も無いorz


君待橋橋の向こうで待つ千葉氏一族郎党を前に、いささか照れちゃったらしき頼朝。
「この橋、名前何てぇの?」とトニー谷的な質問をします。
千葉氏は基本田舎者ですから即意妙答できる者はいません。しかし前回藤原親政を生け捕った胤頼が京仕えの経験を生かし

見えかくれ八重の潮路を待つ橋や渡りもあえず帰る舟人
と、おセンチな歌を詠み「君待橋」とと呼ばれるようになったといいます。
元の君待橋は何回か架け代えられた後、河川改良事業で消滅、元の場所から200mほど北に再建されました。

元々の場所には碑が立ってます。
碑

千葉常胤が頼朝に茶を立てた際、水を汲んだという井戸が残ってます。
DSCN2693.jpg1

頼朝は横に常胤を座らせ、「オレ的にアンタ、お父さんだって思ってるぜ言わせんなよ恥ずかしい」とまでいいます。
しかし常胤がいままで匿ってきた源頼隆という凡人を紹介すると、即座に「父である」ハズの常胤より上席に座らせたと伝えられていますw
やな奴ですね頼朝って

ちなみに「お茶の水」は完全に枯れちゃってます。
DSCN2696.jpg

正月休みおしまい('A`)
当ブログは房総頼朝伝説始め時系列無視の散発的内容に戻り、滅多な事じゃ更新されないブログに戻ります。
覚えてたら時々思い出した頃に見に来てね(*・ω・)ノ~~~
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