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房総頼朝伝説(16)忙中閑有り

千騎坂を駆け抜けたり草敷でマッタリしたり、躁状態にある頼朝軍、各地で大騒ぎしながら袖ヶ浦の辺りに到達、沼を中心とした湿地帯に足を踏み入れます。
現在の畳ヶ池には2通りの伝承があるようで、騎馬の足元を確保させるためとも休息を取らせるためともいわれています。
ともあれ、「頼朝軍のために湿地に畳を敷いた」というのは共通しており、(当時としては畳は超高級品、実際には稲藁を使ったんだろうけど)ここでも手厚い歓迎を受けたことが伺えます。
DSCN1618.jpg現在は護岸されて単なるドブ池(つд`)

つい半月前に安房に敗走する時に洋上で聞いた梵鐘の音が近くの安楽寺の鐘の音であると知った頼朝、この寺を「海中山」と名付けます。
DSCN1632.jpgしかしこの鐘は元禄十年改鋳、昭和十八年供出を経た3代目で完全に別物(つд`)

次に頼朝は飽富神社に参拝します。この神社の禰宜が頼朝に立野家とを紹介し案内したと言われています。
DSCN2582.jpg・・・個人的にココの雰囲気ツボだわー
DSCN2599.jpg特に彫刻が素晴らしい!!DSCN2600.jpg見る角度によって不自然にならない様に計算ずくなのがすっげぇ!DSCN2601.jpg

戸が閉まっていてガン見出来ませんが拝殿には日露戦争とかの絵馬が掛かっていました。
いいもの見して頂きました(-人-)パンパンッ

眼福を得た頼朝は現在の立野へと向かう、「かまくら道」に入ります。
DSCN2619.jpgここは真の意味で農道。いつ行っても路面が茶色なんでバイク汚れるのがイヤな人、立入禁止。
DSCN2625.jpg
程なく土饅頭に気づくはず。これが「御所覧塚」で、頼朝が閲兵した時に立っていた塚だそうだ。

・・・この後、頼朝は立野家で一泊しますが立野家は現在も存続してて付近のゴルフ場含めた大地主、私のような趣味のブログ主が立ち入れるわけも無く、次回は市原市辺りまでワープさせて頂きますよ。
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