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房総頼朝伝説(15)いつかギラギラした日

akomのktyr。
犬吠崎か九十九里に初日の出ツーしよかと思ったけど、この気温じゃSVのアイシングに悩まされるだろうしドシヨっかな・・・などと悩んでるうちにこのザマだよ!
11560661091489031_20110101001815.jpg

さぁ、頼朝一行は平群を抜けていよいよ上総の国、具体的には現在の富津市にさしかかりました。この辺は数馬、神妻など馬数を数えた名残の地名が固まっていて、完全に掌握した安房から行政区分的に別の国に入った頼朝軍が進軍速度を落とし慎重になった様子が伺えます|ω・`)ジーッ
さすが石橋山でボコられた頼朝さん、石橋を叩いて慎重に渡ります。

安全を確認し進軍を再開、この時通過したという伝説が残るのが「百坂(ももさか)」です。
DSCN2786.jpgこの道、実は南側の佐貫まで繋がっていたはずなのですが、現在は国道に仕事を譲り行き止まりになっちゃってます。しかも肝心の坂の部分が道じゃなくなってた('A`)

百坂を通過した頼朝軍ですが、軍団が通るには難儀過ぎる峠にぶつかってしまいます。
すると周辺の農民が大挙集まってきて道を作ってくれました。この時農民三百人と馬三百頭が集まったので三百騎坂と呼ばれるようになりました。Σ(´д`;)頼朝の兵数じゃなかったのネ・・・
それにしてもこの時代、300人も集まるなんて特別なハレの日以外ありえなかったはずで、住人にとっては楽しいお祭りだったんだろうなぁ・・・

無事三百騎坂を抜けた頼朝は塞神社(さいじんじゃ)に参拝し、記念に松を植えたという伝承があります。
DSCN2574.jpg伝説の松はどれか、特に看板も無く不明です。
まあ初代はとっくに枯れちまってるんだろうけど(・ω・)
それにしてもこの神社・・・
DSCN2577.jpg石垣が泳いでる・・・il||li(・´ω`・。)il||li・・・崩壊しそう・・・

この後、頼朝は鎌足で道の両側に一千騎が並ぶという派手な出迎えを受けます。のちの千騎坂です。住民は近くで草を刈り、頼朝が休息する場所を作った(現在の草敷)といいます。
頼朝に従う武士も、出迎えた農民も高揚していたでしょう。

DSCN2579.jpg今は静かに崩壊を待つ神社から誰も来ない参道を眺めているとその時の、その時代の熱気が伝わってくるようです。
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