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房総頼朝伝説(11)頼朝武士団、北へ。

五十騎橋にて丸氏の出迎えを受けた頼朝は丸御厨(まるのみくりや)を視察します。
御厨とは天皇や有力神社などの荘園の事です。
丸御厨は元々頼朝の先祖、源頼義が前九年の役の功により朝廷から賜った地です。 
その後、子孫の源義朝が我が子の栄達を願い伊勢神宮に寄進したもので、その「我が子」こそ頼朝さんです。
丸氏は実際の行政を司っていた豪族で、現在の丸本郷にあった丸城を本拠地にしていました。
丸城はタイトな地形で、普段はそのふもと、現在の安楽寺辺りに居館を設けて住んでいたと考えられています。
DSCN0976.jpg安楽寺山門、背後が丸城址。
その夜はそのまま丸城に一泊後、平松城に戻り出立の準備を始め、翌9月13日いよいよ軍を北へ進めます。
この時の軍勢は安西氏など安房の豪族や三浦半島から海路追っかけてきた軍勢など300騎、これに丸氏の50騎で350騎だったようです。
義経記には「丸氏500騎で総勢800騎」とあるそうですが、丸氏にそこまでの動員力は無かったと思います。
そもそも当時の「一騎」という単位は極めてあいまいで、騎馬武者の周りには馬に乗る身分でない徒武者や、戦には加わるが雑魚キャラ扱いの下人、非戦闘員の口輪取りなど3.4人が共に行動していたそうですが、これらを「○○騎」の数に入れるか入れないかは何のルールも無く、実際に集結した人数はよくワカランというのが実情です。
DSCN0982.jpg830年前、ここには一体何人集まったのでしょうか?
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