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科学朝日昭和17年1月号 特集「潜水艦」 後編

<前回>からの続き

さて、無事潜航状態に移れましたので、艦内旅行を見てみましょう。

まず右上、士官室です。
狭い潜水艦ですから、士官「室」といっても壁で仕切られている訳では無く、通路の片隅に机と長椅子が置かれているだけでした。
しかしよく見るとラジオがあったり、刀掛けや巻かれた布スクリーンらしきものが「主婦の知恵」的に収納されています。

0Kw0jAY.jpg

左ページは艦の心臓部、電動機室と機関室です。
照明に注目してください。昔ながらの白熱灯ですね。
甲型など、開戦直前に新造された潜水艦は昭和初期に実用化された蛍光灯を採用しています。
これからの潜水艦はLEDに進化するんでしょうね。

さて、ページをめくってみましょう。
まず右上、救命浮標(ブイ)。ここの電話線を使用している写真は大変珍しい。
去年発表された、北朝鮮の潜水艦写真にも救命ブイが確認できます(赤丸内)。
右下は聴音器(パッシブソナー)の操作員です。
イヤホンが医者の聴音器そのまんまですね。
映画「轟沈」に出てくる乙型では写真中央上の様なヘッドフォン型になってます。
聴音器がKチューブから九三式に進化した際に変更されたんでしょうか?

WdtY9LT.jpg
70ae5e58.jpg

中央下は、再び士官室です。
左から水雷長(メガネ)、司令、艦長です。
司令の後ろに神棚や本棚が見えますね。
カーテンの奥には士官用ベッドがあるはずです。

左はめし関係です。おかずが約300calですね。少ない気がしますが、昔の人はご飯モリモリ食いますからね。
本文中には主計科(食料や事務、経理担当)少佐が「糧食について」という一文を寄せていて、
「水上艦艇乗組員の兵食は一日3400calであるが、潜水艦は4100cal」であると記しています。
三度の食事に加えて、潜水艦には正式に「夜食」が組み込まれていました。
「鉄の棺―最後の日本潜水艦」には、筆者が着任早々夜食のうどんをすする場面があります。

次の見開きにも食事シーンがありますが、めしドンブリでっかくて笑ってしまいます。
まーケン・ミヤザワでさえ「一日に玄米四合」食ってた時代ですからね。

Zosdv0v.jpg

右下は佐久間艇長の遺書で有名な六号艇です。
本文中に、2~3枚前の写真に写っている救命浮標内の電話を介した、第43潜水艦最後の交信が載っていました。

9RikUxM.jpg

巻頭の潜水艦特集が終わった後も読み進めていくと、仁科博士のインタビューが載っていました。
現代の週刊誌でもよくある、箸休め的「突撃ルポ」エッセイです。

DSCF1700.jpg

筆者は終始「わかんなくて当たり前、わかる方がおかしい」という開き直った視点。
仁科博士に「1グラムのウランは1トンの石炭と同等のエネルギーを持っているのですが、これが実用に使われると大変な事になりますね」と言われても「コンガラがった頭をもて余して帰って来」るしかありませんでした。

日本人がその意味を、身をもって理解するのはわずか3年半ちょっと後の事です。
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No title

はじめまして。
足跡からきました( ‘ ∀‘)

かなりマニアックな記事で、そして私の大好物な
記事、・・・堪能いたしました。

旧陸海軍では、1食、ご飯2合だったとか。
ビタミン補給の観点から、麦も混ざってたそうですが。

お米、たくさん食べていたんですね~。
それにしても4100Calってのは・・・??

ちなみに軍艦に蛍光灯が採用されたのは、
S16年竣工の戦艦大和や空母翔鶴あたりからだとか。

大正時代の呂号潜は白熱球だったのでしょうが、
その割に、船内の画像からは、当時最先端であった
ハイテク技術が伺えますね。




Re: No title

はじめまして~
10数年ぶりに熱帯魚再開しようかと思って、あくあ12様のブログ拝見させていただきました。

しかし、震度5以上の地震対策ってちょっと無理なようですね。
賃貸し物件の2階に住んでるんで、あきらめるしかないみたいです。
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